総牟田(総無田)





左:南西の砲座、右:同左中央部



左:北西の砲座、右:北東の砲座



左:東の砲座、右:東端の電波標定機らしき円形窪地



左:南東の砲座、鉄筋抜きの為に半分掘り出されている、右:露出した中央部を別角度から



左:南にある用途不明な構造物、右:南の砲座



左:232m高地にある電波標定機の構造物(北東側)、右:同左(南東側)




米軍の航空写真(R239_NO3-70、71、国土地理院)



左:米軍の航空写真(R424-47、国土地理院)


北九州に2ヵ所合った12cm高射砲陣地の一つ。

高射戦史には椎牟田に12cm高射砲6門という記事が書かれているものの、他の資料とつき合わせてみると石峯山の北側の総牟田ではないかと思われる。(椎牟田には昭和19年11月の配置図で照空分隊が書かれている)
航空写真を見ると、辛うじて正六角形の砲座が確認できる。また砲座の北東には電波標定機と思われる円形窪地も写っている。

砲座周辺は私有地らしく、オフロード車のコースになっている。北西側の3ヶ所の砲座は木が切り払われた為に草に埋もれてしまっているが、反対側の3ヶ所は林の中であるため、藪に埋もれつつも多少は確認しやすくなっている。中央部はコンクリート製だが、砲座壁面にはコンクリートは見当たらず、板で土止めがされていたのではないだろうか。また東に伸びた尾根上には電波標定機であるタ4号改と思われる円形窪地がある他、6基の砲座の中心には指揮所跡らしい長方形の窪地や、それぞれの砲座の脇には待避所もしくは弾薬庫と思われる窪地も残ってる。
砲座のある高地の南東斜面に兵舎等があると思われるが未探索である。
南に少し離れた場所にも電波標定機と思われる遺構がある(232m高地)。資料からタ3号と思われる。2ヵ所の円筒型のコンクリート穴が50m程の間を空けて配置されている。
名古屋と大阪は全滅、東京も詳細は調べていないが恐らく全滅しており、ここが日本で唯一残っている陸軍の三式12cm高射砲の陣地ではないかと思われる。



日付 高射戦記、砲兵沿革史、復員省資料等による記事
昭和19年6月 高射砲第131連隊 高射砲第5中隊 8cm高射砲(椎牟田)?
昭和19年11月 高射砲第131連隊 高射砲第6中隊(総牟田)
昭和20年6月 高射砲第131連隊 高射砲第6中隊 12cm高角砲6門(総牟田)
タ号改4型1基 未装備(総無田、高射砲隊電測小隊配置状況表より)
昭和20年8月 高射砲第131連隊 高射砲第6中隊 12cm高角砲(総牟田)
タ号改4型1基 未装備(総無田、電波標定機配置表より)